昭和30年代新発田の商店街にも数軒の食品スーパーが出現しました。
一方、専門店は小売りでは売り上げが上がらずパック肉や総菜を郊外のパパママストアに卸したり
割烹料理店や月岡温泉、学校給食などの卸事業に活路を求めます。
しかし街中の食品スーパーも駐車場の関係でなかなか集客ができず一気に淘汰されていくのです。
そのころ昭和40年代に入ってアメリカをモデルにした郊外型の大型ショッピングセンターの出現します。
流通革命がさらに拍車がかかります。
一句 この国が希望に満ちた国ならば放っておいても子供は増える 志ん笑出